成功を心に誓い
明治の金沢を舞台に文学少年「私」の性に悩みながらも将来にかける夢・・・
そして短い生涯を閉じた友人表棹影(実名・犀星の文学仲間)のラブロマンスを、きわめて詩的なタッチで描きあげたものです。
「この犀川の上流は、大日山という白山の峰つづきで、水は四季ともに澄み透って、瀬にはことに美しい音があるといわれていた。
私は手桶を澄んだ瀬につき込んで、いつも、朝の一番水を汲むのであった」
「汲んでしまってからも、新しい見事な水がどんどん流れているのを見ると、いま汲んだ分よりももっと綺麗な水が流れているように思って、私は神経質にいくたびも汲みかえたりした」。
この澄み透り、しかも上流には県境の山々の峰をひかえて、いかにも大河の廊獄を示す犀川、改めて、孤独になりたい時はひとりこの河原に立ったという犀星の心が痛いほど分かるようです。
しかし主人公の少年は、その孤独な心をすべて詩作に向け「どうかして偉くならなければならない」と心に誓います。