生母との別れ
室生犀星(昭和37年没、72歳)は明治22年、元加賀藩に仕えた老武士と、その家に奉公するお手伝いの女性との間に生まれたいわゆる私生児です。
生まれてまもなく、近くの雨宝院にもらわれて行き、血のつながらない兄と姉、妹にまじって淋しい思いをしました。
そこへ実父の死がもたらされ、さらには理不尽にも生母との生き別れを体験します。
先の引用は、その時のことを述べた小説の一節です。
したがって、犀星の母に対する思いには、生涯きわめて屈折した複雑なものがあったと思われます。
いかなる事情がそこにはあったにせよ、二度までも、みずからの母によって捨てられたのです。
「夏の日の匹婦の腹に生まれけり」(昭和18年『犀星発句集』所収)という、この晩年に詠まれた句は、その間の口にしがたい胸のつかえを赤裸々に語ってはいないでしょうか。
いっそ憎みたいと思いながら、しかしどうしてもそうすることができない、それどころか黙っで姿を消していった母の背中を思い浮かべ、そのどこのだれともわからない女の、どうしようもないあわれさにむしろより深い愛を感じてしまう・・・。
私には、そんな犀星が思い浮かんできて仕方がないのです。